競争社会から降りることで、本当の自分が見えてくる。
誰でも物心ついたときから、
良くも悪くも「競争社会」で生きています。
特に仕事をするようになると、
他人と比較されたり他人の評価で生きるようになります。
「競争社会」で勝ち続けるのは、
とても困難であることや疲れを感じたり、
ときには虚しささえ感じてしまいます。
今回は「競争社会」から降りることについて、
まとめています。
生まれたときから「競争社会」
・生まれたときから「競争社会」へ
人は生まれたときからすでに、
「競争社会」へ足を踏み入れています。
誰しも生まれてくる親や子供は選ぶことはできませんが、
特に親の環境によっては子供には差が出てきます。
赤ちゃんでもカワイイとかブサイクなど、
しっかりと他の人と比べられていますよね。
人の評価によって特に意識していなくても、
「競争社会」の一員となっているわけです。
寂しい表現かもしませんが、
実際に現実として事実ではあります。
・学校では成績や運動神経を競っている
勉強ができたりスポーツ万能であれば、
その生徒は一目置かれることになりますね。
勉強でもスポーツでもできないよりは、
できたほうが勿論良いわけですが。
勉強ができなかったり運動神経がないことが、
「悪いこと」のような扱いをされることもあります。
どんな分野でも向き不向きはあるわけですが、
できないことが「悪い」というイメージが実際にあります。
・仕事をするようになればとにかく「競争」
会社に勤めるようになれば、
とにかく誰かと「競争」させられていて、
人の評価でほとんど決まってしまうようになっていきます。
「ライバルと切磋琢磨していく」という美談もありますが、
多くの人が「競争社会」を望んでいるものでしょうか?
実際は「競争社会」というものに疲れてしまったり、
虚しさを感じてしまうことが多々あるでしょう。
むしろ「嫌々と競争社させられている」、
というのが現実ではないでしょうか?
稀に「人に勝つことが喜び」としている人もいます。
そのような人にはこのページは向きませんね。
今回は「競争社会」というものに疲れたり、
虚しさや感じている人に読んで欲しいからです。
「競争社会」で勝っても負けても
・「競争社会」で勝ったとしても
今日までなんとか「競争社会」で勝ったしとても、
また勝たないといけない、勝ち続けないといけない、
という抑圧がかかってきます。
何人も常にずっと勝ち続けるのは、
とても困難なことです。
誰かに勝つことでさらに、
「勝つこと」を自分に義務付けてしまいます。
「勝つ」ためはに他人を蹴落としてまで、
執着してしまう人も実際にいますからね。
勝つことでさらに苦しくなってしまう、
というのが疲れや虚しさを感じる原因です。
・「競争社会」で負けたとしても
自分の中で要因に自覚があるなら、
猛省して改善はするべきではあります。
ただ、「負ける」ということが「悪い」という、
印象ばかり目につきますね。
本当にそうなのでしょうか?
やるだけやってみて負けるのであれば、
仕方がないことだと割り切れたり、
不思議とそんなに悔いも残らないでしょう。
ほとんどは「負けたくない」という、
不安と恐怖で支配されています。
そこにはプライドや面子、
世間体や見栄などを重視した個人の主観も目につきます。
・「競争社会」に疲れを感じていく
勝っても負けても「競争社会」に疲れを感じていきます。
特に自分が望んでいないものには疲れや虚しさを感じやすいです。
「競争」したくて生きているわけじゃないし、
生まれてきたわけじゃないからです。
勝負やスポーツの世界で生きている人であっても、
現役生活から必ず「引退」していきますね。
闘争本能は誰でもありますが、
ずっと戦うことは誰もできないし、
常に望んでもいないものです。
人に勝ち誇るために、
人から嫌われるために生きているわけじゃないですよね?
ギスギスした人間関係で疲れを感じるのは当然です。
それが積み重なっていけば相当のストレスとなり、
肉体や精神を病んでしまうことが現実としてあります。
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「競争社会」から降りることで
・人と自分を比較するのをやめる
上の立場の人間から人と比較されるのは仕方ないです。
ただ、自分だけは他人と比べるのをやめるべきです。
学校や勤務先では他人からの評価で成り立っています。
でも、自分の中の基準は自分で決めていくべきです。
「勝つこと」にこだわる人がいれば、
すすんで譲ってみれば良いでしょう。
全てにおいて相手側の土俵に立つ必要はないし、
「勝ち」にこだわる必要すらない、
ということです。
・「競争」から降りることは「負け」ではない
そもそも「勝ち負け」で生きているわけじゃありませんよね。
「負ける」というワードは特に良い印象がないからです。
焦ってしまうような「競争」を毎日するよりは、
あえてそこから降りてしまおう、
ということです。
「勝ち負け」にこだわる人は、
あとからいろいろ言ってくるでしょうが、
言いたい人には言わせておけば良いのです。
最初から勝負に挑んでいなければ、
執着したり敗北感すら感じませんよ。
「負ける」ことで自分を解放できるのであれば、
それは既に「自分に勝っている」と筆者は常に思っています。
・「退くも勇気」「降りるのも勇気」
なにか決断して行動することは、
少なからず「勇気」が必要になります。
「競争社会」から降りることについても、
それなりの「勇気」が要ります。
人に依存したりされたりする生活から、
脱却する覚悟も必要にはなります。
まずは「自分の土俵」を構築していくことです。
・自分を好きなること
・自分の得意分野を持つこと
・自分で仕事を作ってみること
みたいに「自分の土俵」で対応していくのがベストです。
相手側に合わせ過ぎずに、
「自分の土俵」や自分軸で生活できることが理想ですね。
少しの「勇気」と「覚悟」から理想は始まっていきます。
本当の自分が見えてくる
・人に対する「優しさ」を感じられるようになる
一番大切なことかもしれませんね。
「競争社会」の中にいると、
他人を思いやる気持ちを忘れがちになっていきます。
極論で言うと「自分さえ良ければ良い」、
ぐらいの感覚に陥りやすいからです。
「競争社会」から降りることで、
人の「優しさ」や「思いやり」にまず実感できるでしょう。
自分の気持ちに余裕ができることで、
人に優しくなれるし思いやる気持ちの大切さを痛感します。
・本当の自分が見えてくる
・自分は本来どういう生き方をしたかったのか?
・自分の求めている人生とは?
・自分の幸せとは?
ざっくりですが、
そこには「本当の自分」が垣間見えていますよ。
本当は「競争社会」に勝つことが全てではなかったはずです。
自分の気持ちに正直に生きる、
ということにもなりますね。
・人は幸せになるために生まれてきている
誰かに勝つことや権力を誇示するために、
生まれてきたわけじゃありませんよね?
自分と大切な家族が幸せなるために、
みんな生まれてきています。
「WinWin」の関係が本来できるはずなのに、
面倒だったり手間がかかることを理由に避けています。
「競争社会」で勝つことに執着してしまい、
「勝たなければいけない」という暗示がかかっています。
その連鎖には「幸せ」というワードは程遠く、
癒されない疲労感や虚しさが広がってだけでしょう。
・勝負の世界で活躍する人は「自分」に勝っている
常に勝負の世界やスポーツの世界で生きている人たちは、
「自分との戦い」に勝っている人達です。
本来、勝負や試合は「自分の実力を試す場」であり、
そこに至るまでの過程が「自分との戦い」なんですね。
自分をいかに律することができたか、
で既に「勝敗」が付いているようなものなのです。
誰でも「自分は最大の味方であり、最大の敵でもある」、
ということです。
それが「自分の土俵」を確立していくことでもあり、
自分軸で生きていくためには絶対に必要なことなんですね。
他人と比較したり人に勝つことを考えるよりも、
まず「自分に勝つこと」を考えて行動してみて下さい。
あなたが「競争社会」から降りることのヒントは、
すべてそこにありますよ。
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少しでも参考になれたら嬉しく思います。
今回はこの辺で。ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。
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